リベラル・プログラムのさらなる飛躍をめざして

 徐 承 元

拙著に対して第21回大平正芳記念賞を賜りましたこと、誠に嬉しく、大変光栄のことと存じます。平岩外四理事長、大平裕常務理事、渡辺昭夫委員長をはじめ、財団関係者の皆様、選定委員の先生方々に、心から厚く御礼申し上げます。また、拙著は曽根教泰先生をはじめ、慶應義塾大学の先生方々のご指導およびご支援によるものであります。ここで改めて感謝の意を申し上げたいと思います。

さて、一九七九年十二月七日大平正芳首相は、北京政協礼堂における講演「新世紀をめざす日中関係」において(ア)良好して安定した日中関係は両国の共通の利益である、(イ)中国の近代化に積極的に協力する、(ウ)活発な交流を通じて相互理解を促進する、(エ)日中関係は排他的なものではなく、また第三国との関係を犠牲にするものではない、(オ)平和で安定したアジアをめざし、日中はそれぞれの立場から努力する、との旨を表明されました。この政策方針はとりわけODA供与を軸に受け継がれ、いよいよ二〇〇八年北京オリンピックの折にはその終了を予定しております。ところが当初の経済援助中心の「太陽型」経済外交は、冷戦の終焉を境に経済制裁をもって補完され、現在においては経済制裁の論議が他を圧倒するようになりました。

それでは、かつての経済外交におけるリベラルな信念とプログラムは間違っていたのでしょうか。抑止的アプローチはどこまで有効でしょうか。平和的手段への失望からの新しい信念は長期の国益および東アジア地域の利益を保証するでしょうか。いまパワーの行使がパワーの自制以上に重要でしょうか。隣国を弱体化しようとしたかつての試みは逆に不安定をもたらしましたことを覚えております。拙著で取り上げましたように、大平内閣の決断は中国が文革時代に逆戻りできないような状態を作り上げ、日中経済関係の緊密化をもたらし、アジアの平和と安定に寄与しました。またそれは東アジア経済統合に向けた実に大きな一歩となったと考えております。

こうしたリベラル・プログラムはもちろん相互信頼の獲得と地域的連帯感の形成に必要条件であって十分条件ではないかもしれません。しかし、抑止に基づいた不安定な平和の管理は、冷戦時代の韓半島でみられる如く、平和構築の面で決定的な欠陥を有しております。より洗練されたリベラル・プログラムは、構造的な安保ジレンマを克服するための前提条件、すなわち市場経済と民主的政治体制のさらなる拡大に向けて、引き続きその重要な使命があると確認しております。

対中経済外交の追加事例(一九九八〜二〇〇八年)、対朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)経済外交、そして日本経済外交と北東アジア地域統合(あるいは地域ガバナンス)問題を主な研究課題としておりますが、今回の受賞はそのための大きなはげみになったと思います。