<現在から歴史を問い、未来を切り拓く研究>

 早瀬晋三

 大平正芳先生が亡くなられる2ヶ月前、わたしは唯一の白人以外の乗客として香港からパース(西オーストラリア)行きの飛行機に乗っていた。大阪からの直行便はなく香港かシンガポールで1泊を余儀なくされ、20数万円の正規片道料金を払っていた。このような状況のなかで、大平先生が21世紀を見据えて「環太平洋連帯構想」を提唱されたことは、その慧眼に驚くほかはない。そしていま、わたしは、香港とオーストラリアのあいだに点在する島々の歴史研究で、第20回大平正芳記念賞を賜り、深い感慨にふけっている。
 さて、受賞作の拙著『海域イスラーム社会の歴史−ミンダナオ・エスノヒストリー』であるが、まとめるにあたり、3つのキーワードを念頭においた。学問としての歴史学、世界史認識、社会貢献(平和)である。いま、時代の転換期のなかで、時代を読み解くはずの歴史研究が、現実の社会に貢献していない、という強い思いがあった。20世紀の歴史は、陸域、温帯、定着農耕民、成人男性を中心とした国民国家の歴史で、文献史料の多寡や偏りによる粗密のある、不公平な歴史がまかり通っていた。このような歴史研究のさまざまな弊害を克服し、これからの時代を見据えて、これまで語られることのなかった地域や時代、人びとの歴史を語る試みに挑戦したのが、今回の受賞作でした。
 本賞は「政治、経済、文化、科学技術」を対象としており、受賞作は現実の社会にも通用する歴史研究として評価していただいたと理解している。その意味で、喜びにもひとしおのものがある。これを励みに、これからも現在から歴史を問い、未来を切り拓いていけるような研究をつづけていきたいと考えている。
 最後になりましたが、大平正芳記念賞運営・選定委員のみなさまはじめ、関係者の方々に深くお礼を申しあげます。